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キリスト教

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   私はキリスト教について話したいと思います。なぜかと言うと、私はその歴史を全然知らないからです。私は習いたいです!  最初に日本に行ったキリスト者は1542年にポルトガルから来ました。1542年にポルトガル人は九州に着きました。1542年から1587年にかけて、キリスト教の宣教師(せんきょうし)は多くの九州と西日本人を改宗(かいしゅう)させました。1587年にヨーロッパは世界で植民をしていて、特にアジアでしていたので、ヨーロッパの勢力(せいりょく)が多くなりました。それから、キリスト教の影響もどんどん強くなったり、キリスト教は海外で日本人の奴隷(どれい)を売らせられることと関係があったりので、それに豊臣秀吉は自分の勢力を心配していたので、宣教師の禁止しました。  1597年に、豊臣秀吉は二十六人のキリスト者を殺しました。その上、1637年から1638年まで、島原の乱が起こりました。島原の大名は税金を上がったり、キリスト教を禁止したので、浪人とたくさんのキリスト者の農民は一緒に反しました。次の諸軍、(しょぐん)徳川家光はその反発を負けした後に、キリスト教を禁止しました。1639年に徳川家光は日本を鎖国しました。  1639年の鎖国から1853年の明治維新至るまで、キリスト者は少なくなりました。たくさんのキリスト者は改宗させられたり、殺せられたので、残っているキリスト者は隠れキリシタンになりました。隠れキリシタンというのは教会に行けないで、人知れずにキリスト教を信じ続けているということです。  明治維新から現代至るまで、キリスト者の人数はどんどん多くなりました。現代、日本人口の約1.5パーセントはキリスト者です。キリスト者の人数はとても少ないけど、キリスト教式結婚式は普及していて、とても人気です。そして、クリスマスやバレンタインデーなども一般的な日本の行事になりました。それらの行事とことを考えると、日本は絶対にキリスト教の影響を取り入れました。おそらく将来日本のキリスト者人口は安定するだろうと思います。 日本の教会 参考文献      “Christianity.” In Japan , www.japan-guide.com/e/e2298.html. Accessed 30 Oct. 2023.

ジョン・ロックフェラー

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  私はジョン・ロックフェラーについて発表したいと思います。なぜかと言うと、ロックフェラーはアメリカの歴史上、一番お金持ち人です。 ロックフェラーは誰でしょうか。  ロックフェラーは1839年から1937年にかけて生きました。ロックフェラーは石油(せきゆ)営業(えいぎょう)を通して、世界一のお金持ち人になりました。1937年にロックフェラーの純資産(じゅんしさん)はアメリカの国内総生産(こくないそうせいさん)の一点五パーセントです。今年の御金で言うと、ロックフェラーの純資産は四千億ドルです。今日、その純資産は世界の百七十国の国内総生産と並んで高いです。歴史上、ロックフェラーは一番上手い実業家(じつぎょうか)の一つです。 ロックフェラーはどのような人生を送ったのでしょうか。  ロックフェラーは1839年にニューヨーク州の田舎で生まれました。小さい時、ロックフェラーは数学が得意(とくい)でした。1853にロックフェラー家はクリーブランドに引っ越しました。そして、大学に通わなくて、1855年に十週間で専修学校(せんしゅうがっこう)に行きました。その時、会計と金融(きんゆう)の習慣と方法を勉強になりました。  ロックフェラーは1859年に近所の人と農業(のうぎょう)商品の貿易企業(きぎょう)を起業(きぎょう)しました。南北戦争(なんぼくせんそう)の時、ロックフェラーは稼ぎ(かせぐ)ました。けれども、ロックフェラーは農業商品の企業は発展天井(てんじょう)は低いと思ったので、石油と鉄道(てつどう)の産業(さんぎょう)を目に触れられました。その時、ペンシルベニアの石油企業が早く起こりました。それから、ロックフェラーはクリーブランドはアメリカの東海岸(ひがしかいがん)とシカゴの真ん中にあるので、石油ばかりでなく鉄道企業も大切になっていくと思いました。  1865年代にロックフェラーはパートナーを買収(ばいしゅう)しました。その後に、石油精製(せきゆせいせい)を作りました。新しいパートナーが来て、1868年になると、Rockefeller, Andrews & Flaglerという石油精製企業は世界一大きい石油精製企業になりました。アンドリュースと フラグラーはビジネスパートナーでした。  1870年にロックフェラー、アンドリュース、フラグラーはもっとビジネスパートナー同士と...

アレクサンドロス

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  アレクサンドロス  私はアレクサンドロスについて話したいんですが、古代マケドニアの王です。アレクサンドロスは紀元前(きげんぜん)356年に生まれました。その時、マケドニアはギリシャの北にありました。アレクサンドロスのお父さんに対して、紀元前338年にピリッポス王はギリシャを征服(せいふく)しました。その後に、ピリッポス王はアケメネス朝を征服したがっていました。紀元前4世紀にアケメネス朝は世界で一番強い帝国(ていこく)でした。それから、大きさという点から考えると、その時のアケメネス朝は人間の歴史で一番大きい帝国でした。  けれども、336年にピリッポス王は突然暗殺(あんさつ)されました。従って、アレクサンドロスは二十歳の時にマケドニア帝国の王になりました。アレクサンドロスはお父さんと同じような目標がありました。アレクサンドロスはアケメネス朝を征服したがっていて、アジアに帝国を拡大(かくだい)したがっていました。紀元前336年から紀元前334年まで、アレクサンドロスのマケドニアはアケメネス朝と戦争していました。マケドニアの軍隊の方がアケメネス朝より小さかったにもかかわらず、マケドニアが勝ちました。アレクサンドロスの指導(しどう)と軍隊の賢い戦略(せんりゃく)という理由で、アレクサンドロスが全ての戦い(たたかい)に勝ちました。その後に、アジアでもっと戦役(せんえき)をしました。亡くなるまで、アレクサンドロスは戦役で軍隊の指導をしていました。それから、亡くなるまで一つの戦いも負けませんでした。アレクサンドロスの夢は全世界を征服したがっていました。でも、紀元前324年にアレクサンドロスの軍隊はインドに入る時、軍隊が反乱(はんらん)しました。  どうして反乱されたのでしょうか。紀元前327年から、マケドニアは南アジアに入って、南アジアの王国(おうこく)と戦いました。でも、南アジアの王国の軍隊は大きかったし、象を使っていました。だから、アレクサンドロスの軍隊が勝ちましたが、死傷者(ししょうしゃ)は多くなったし、難しさは高くなりました。そして、現代のパキスタンの場所を征服された後に、アレクサンドロスはインドも征服する予定です。けれども、インドの軍隊の方が前の敵より大きかったです。そして、インドは暑いし、色々な熱帯病(ねったいびょう) があるので、紀元前324年に軍隊はそ...

アイパッド

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  私は毎日のようにアイパッドとアイパッドのペンを使っています。アイパッドに書く事は、まるで紙のように書きやすいです。そして、アイパッドを使うと、言うまでもなく、紙を全然使いません。環境を守る事に対して、紙を使わないことが好きです。それから、私の勉強に合った物はアイパッドです。私は中国語と日本語を勉強しているので、よく漢字と文字を書く練習しなければいけません。その上、私は紙を使いたくないから、アイパッドはとても便利だと思います。私はつまらない時、アイパッドに絵を描きます。授業で、私はアイパッドにノートを書きます。  最初のアイパッドが発明された時、物価は高かったというのは事実ですが、20年代のアイパッドは安くなってきたと思います。色々なアイパッドがあるという理由で、安いアイパッドも買えます。現在、アイパッドプロ、アイパッドエア、普通のアイパッド、とアイパッドミニがあります。アイパッドプロ以外に、他のアイパッド型の簡単なモデルは449ドルから599ドルまでです。アイパッドプロは1099ドルです。アイパッドプロの方が大きいし、アイパッドの中で、アイパッドプロの技術の質は一番高いという良い点があります。一方で、アイパッドミニはとても小さいし、軽いので、運びやすいです。アイパッドの便利さという点から考えると、たくさんの良い点があります。  アイパッドの使い方は多いです。アイパッドは大きいスマホみたいんですけど、色々なアプリをダウンロード出来ます。そして、もしコンピューターが好きだったら、キーボードのアクセサリーを使えて、コンピューターと同じような感じがあります。私はノートアプリを使ったり、時々ビデオを見たりします。今、私の生活にはアイパッドが必要です!私はアイパッドが大好きです!

旅客列車

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     現在の世界では殆どの国で旅客列車があります。けれども、最初の旅客列車はどこで発達致しましたか。現代はどうですか。将来、どんな変化がありますか。では、この話題を話しましょう! 十八世紀末(せいきまつ)と十九世紀初頭(しょとう)に欧米で産業革命(さんぎょうかくめい)が起こりました。その時、蒸気機関(じょうききかん)が発明致しました。そして、最初の旅客列車は千八百二十五年に英国で発明致しました。その時、電車は蒸気機関を使いました。その後で、千八百三十年代には、アメリカの旅客列車の産業(さんぎょう)は始めました。アメリカではたくさんの線路(せんろ)が作りました。アメリカの十九世紀六十年代から二十世紀二十年代までは電車の最盛期(さいせいき)という時代と言われています。その旅客列車の良い点は速いし、少し快適(かいてき)し、安いです。けれども、問題点は十九世紀の列車は危ないし、煩いし、汚いです。それから、鉄道から埃がよく上げました。最初の電車は貨物(かもつ)を運ぶことに合わせてので、まだ人間には適(てき)していません。  二十世紀三十四十年代から、他の交通選択肢(こうつうせんたくし)が起こりました。その時、アメリカでは車かバス、後ほど(のちほど)飛行機も人気になりました。競争が激化(げきか)致したので、旅客列車の旅客とビジネスは低下致しました。でも、欧米では二十世紀の前半には旅客列車が普及致しました。その時代の電車はもっと綺麗に、安くなってきました。二十世紀の前半に阿弗利加(アフリカ)と亜細亜(アジア)の植民地(しょくみんち)では旅客列車が普及致しました。二十世紀の後半には殆どの植民地ではない国も列車を作ってきました。でも、六十年代には新幹線というとても速い旅客列車が発明致しました!その発明から新しい列車時代が始まりました。  新幹線の元は何ですか。千九百五十年代には十河信二という日本国有鉄道(こくゆうてつどう)の社長は高速鉄道の可能性を考えると、たくさんの研究を致しました。日本は千九百六十四年の五輪(ごりん)のために、その年に最初の新幹線を開通(かいつう)致しました。日本の新幹線の影響は世界に与えました。六年代から、西欧羅巴でも東亜細亜でも高速鉄道(こうそくてつどう)が発達致しました。現在三分の二の高速鉄道は中国に存在致しています。他の国、...

私の屡々参る店

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  私は毎日学食で全部の御飯を食べておるんだけど、全然食品を買いません。そして、私の住んでおる地区ではアマゾンの配達(はいたつ)は結構早いし、便利なので、私はよくアマゾンで要る物を注文致します。それで、私は全然スーパーやコンビニに参りません。けれでも、私は偶にロサンゼルスのユニクロに参ります!私はユニクロのTシャツが大好きなので、新しいアニメか良いデザインのTシャツを出る時、私は買いに参ります。九月末に新しい呪術廻戦のTシャツが出るので、私はその時、ユニクロに参る予定です!それから、ユニクロの他にも、私はボストンに帰る時、ボストンの無印良品に参ります。私は知っている限り、ロサンゼルスとロサンゼルスの周りの無印良品は無くなりました。私は皮膚商品を買うために、ボストンに居るうちによく無印良品に参ります!ロサンゼルスに住んでおるから、無印良品に参る機会は少ないです!ユニクロと無印良品の商品の質はとても高いので、その店が大好きです!  私はアメリカであまり店に参らないので、少し今年の夏の留学経験を話したいんですが、その時私は毎日のようにコンビニに参りました。私の学校は朝に「お茶時間」という休み時間があるので、私は何か食べたかったために、スナックを買いたかったです。それで、毎朝のように路面電車(ろめんでんしゃ)の駅に参る時、7-11というコンビニに入って、パンかお握りを買って、駅にすぐ参りました。私も偶にホームステイファミリーの家に帰る時、同じ7-11に参りました。午後参る時、私はいつも牛乳と鮭(しゃけ)お握りを買いました。なかなか美味しかったです!その7-11はホストファミリーの家と路面電車駅の間にあるという理由で、頻りに参りました。特別な理由はありません。他のコンビニにも同じような食べ物があると思います。 袋に鮭ではないお握りと牛乳があります!あの日、全部の鮭お握りが売っていました。

アメリカの教育の問題

   アメリカでは色々な教育制度の問題があります。  一番大きい問題は経済不平等です。例えば、学校の資源は場所によって違います。もし学校は豊か(ゆたか)な近所にあるなら、その学校の資源の方が貧困(ひんこん)な近所の学校より良いです。その制度の効果はアメリカでは教育の悪循環になります。貧困な人の教育は良くないので、良い大学に行く機会はありません。だから、その人の経済状況は良くになれないから、子供達は同じ状況があります。その問題の原因はアメリカの法律です。  経済不平等以外にも、他の問題があります。現在、アメリカの小中高の先生は少なすぎます。アメリカでの先生の給料はとても低いし、大学の学費は高いという理由で、最近何年間学校の先生は少なくなりました。それで、学生と先生の割合は高くなりました。もっと大きな授業では学生の学ぶ率より小さい授業の方が良いです。その問題の原因は経済不平等と同じです。アメリカの法律(ほうりつ)で先生の給料が決まります。  それから、教室での規則には問題があります。アメリカでは生徒は教室で携帯電話を持っても良いです。だから、学生はよくスマホを見て、先生に聞きません。スマホがあるので、先生の講義に集中することが難しくなりました。ソーシャルメディアは学生に悪い影響を与えると思います。  四つ目の問題は大学の学費。80年代から、アメリカでの大学の授業料はずっと高くなっていました。今、たくさんのアメリカ人はお金のために、大学に行けません。そして、たくさんの大学生は融資(ゆうし)に頼っています。だから、その学生は卒業した後で、まだ大きい借金(しゃっきん)があります。高い学費の原因は大学の需給(じゅきゅう)です。大学は多いのに、大学に行きたい生徒はまだ凄く多いという理由で、学費は高くても、人はまだ行きたがっています。そして、アメリカでも少し学歴社会があります。有名な大学出身者は良い仕事を就職することの方が有名ではない大学出身者より易しいです。それで、私立大学の学費はとても高いし、時々奨学金(しょうがくきん)は少なすぎます。大学の高い学費はよくアメリカのニュースで言われます。